先週、無事に引っ越しが終わりました。

とは言っても、部屋中にはまだ段ボールが何個か積まれています。仮の寝床も相変わらずで、未だ窓はカーテンなども付けられていません。

幹線道路沿いに建つ新居は、いささか騒音が心配でしたが、大きな二重窓と10年以上前の建築の割にはしっかりした鉄筋コンクリートのお陰で、室内は驚くほどに静かです。

雑然と敷かれた寝床から見上げる窓には、青空が広がっています。流れる白い雲の隙間から朝の光が差し込むと、室内はまるで一足早い春が訪れた様でした。

 

なにも新居に越して浮かれていると言う理由だけで、僕がこうして公の場で転居の報告をしている訳ではありません。実は先日、ある出来事が起きたからなのです。


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その日の朝も、空は晴れ渡っていました。

全身に染みこんだ引っ越しの疲労感を嫌と言うほど感じながら、起き抜けの僕は寝床から見える空をぼんやりと眺めていました。来週、友人が不用になったベッドをくれる予定なので、それまではベッド無しの生活です。一足先に通販でマットレスだけを買ったので、しばらくは床に直置きです。

 

雑然としながら、ただひたすらに静かな朝。

何だかいつもより空が高く見えた気がして、布団の僕は流れて行く雲を、ただボーッと目で追いかけていました。その時でした—

 

「すてきね ぼくたちの おふとん」

 

僕の耳元で、その声はしたのです。

何の前触れもなく、何の脈略もなく。ぼくのでもなく、きみのでもなく。

小さな子供の声が、突如として僕の布団を共有宣言したのです。

 

「!?」

反射的に寝返りを打ち、僕は振り返りました。

するとそこには、いつの間にか小さな男の子が布団に入り込んでいたのです。

 

焦りました。当たり前です。

まだ散らかっているとは言え、ここは越したばかりの1人暮らしの家なのです。清々しい1Kマンションなのです。事故物件などと言う不穏な単語とは無縁の爽やかな朝なのです。

でもその見知らぬ男の子は、確かに僕の布団にいたのです。

 

「…。」

男の子は何をする訳でもなく、ただ仰向けに寝ていました。クリクリした目をぱっちり開き、両手で掛け布団をジッと持ち、裾を顎まで埋めています。

 

僕はこの子が、この世の者では無いことを一瞬で理解しました。いや、誰でもそう思います。でもその一方で、不思議と恐怖を感じなかったのです。

年の頃は5歳ほどでしょうか。髪の毛を頭のてっぺんで1本に結わえ、ジッと持った布団の襟から絣模様の袖が見えました。

幽霊でもなく怪物でもなく、それはまさに妖怪と言う単語がピッタリな雰囲気です。勿論、悪さをしたり不幸を呼び寄せたりする禍々しい類の妖怪で無いことは一目瞭然です。キラキラした眼が、あまりにピースフル過ぎます。

言うなれば、ただ淡々とそこにいる。そう、そんな草花の様な類の妖怪なのだろうと、僕は思いました。

「…。」

 

僕がそんな事を考えていると、男の子は僕の方をチラッと見ました。

そして—

 

「すてきね ぼくたちの おふとん」

再び呟いたのです。

だから僕も—

 

「す、素敵ね…」

思わずそう呟きました。

本人としては平静を装っていたつもりでしたが、やはり無理があったのか、少し上ずった声になってしまいます。

その声が面白かったのか、あるいは単純に僕が返事をした事が嬉しかったのか、男の子は僕を向いてニッコリ笑いました。

そして次の瞬間には満足げな笑みを浮かべ—


「え!?」

消えたのです。

 

 

その日、僕は段ボールの開封作業をしながら、朝の出来事を考えていました。

あの子は誰だったんだろう。あの子は何をしに来たのだろう。段ボールのガムテープを剥がす度、新たな疑問が次々と頭に湧いてくるのです。

 

「僕達のお布団って…」

すでに太陽はてっぺんまで昇っていました。

あらかたの家具を配置し、空になった段ボールを畳み、朝のまま放置された寝床の掛け布団を畳みながら僕がそう思った時です—

 

「これ どこ?」

「!?」

 

まだ山と積み重なった段ボールの向こうから、あの男の子の声がしたのです。

僕が覗き込むと、そこには絣の着物を着たあの子が、小さな花瓶と額縁を手にしていました。

勿論、花瓶と額縁は僕の物です。それを両手に、男の子はどこか都合の良い場所を探す様な素振りでキョロキョロと部屋を見回していたのです。そして—

 

「ここか!」

そう言うと、そばにあった電子レンジの上に花瓶と額縁をポンと乗せたのです。そして—

 

「…。(ニッコリ)」

満足そうに微笑んで、再び消えたのです。

 

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結局、その日はそれ以降の作業があまり捗りませんでした。

当然です。新居で目覚めたら、小さな男の子(の妖怪?)がいつの間にか現れ、気付けば僕の引っ越し作業を(見当外れな方向で…)手伝い始めているのです。

まだ照明もカーテンもない部屋なので、夜になると小さなランプでも煌々と灯って見えます。そして暗い窓ガラスに映った室内の様子が、なんだか少しだけ怖かったので、僕はもう一つランプを付けいつもより多めの灯りで寝る事にしました。

夜になったら、またあの男の子がひょっこり現れるのだろうか。

気付いたら、この布団の中に潜り込んでいたりするんだろうか。

窓ガラスに反射して映る電子レンジの上に置かれたままの花瓶と額縁が、ランプの灯りで揺らめいて見えました。

直置きのマットレスに寝転び、少しだけスリリングな事を考え始めた僕でしたが、やはり予想以上に疲れていたらしく、閉じた目を再び開けると外はすっかり朝の景色に変わっていました。そして—

 

「すてきね♡」

「…そ、そうね」

やっぱりあの男の子は、現れましたのです。

ただ昨日と違うのは、男の子はそれ以来、姿を消さなくなったと言う事です。そして僕は何の疑問も抱かずに、この男の子と2人で引っ越し作業を始めていた事です。

 

もちろん聞きたいことは沢山あります。

でも引っ越し作業の中でそれをやろうとすると、どうしても—

 

「それで。君は何処から…」

「これ どこ?」

「あ。それは台所でお願い」

「おぉ」

 

…。

 

「そうじゃなくて。君は何で僕の部屋に…」

「つぎ なに?」

「あ。じゃぁ雑巾絞って」

「おぉ」

 

上手く話が合いませんでした。

いや、むしろ話が合いすぎていたのかも知れません。気付けば僕は、この男の子と2人で作業をする事が当たり前の様に感じ始めていたのです。

 

次の日も。その次の日も。

男の子は僕の引っ越しを手伝ってくれました。

いえ、それだけではありません。

お腹が減れば僕達は近所のスーパーで買ったお弁当を一緒に食べ、夜になれば一緒にお風呂に入りました。

そして、夜になると相変わらず床に直置きされたままの布団で一緒に眠ったのです。

 

男の子の名前は『お布団小僧』と言いました。

「おふとん…こぞう…」

「おぉ」

「お布団小僧は…その…」

「ん?」

「妖怪…?(緊迫)」

 

僕は思いきって聞いてみる事にしました。

だけど肝心のお布団小僧は—

 

「うーん…うぅーん…」

頭を悩ませている様子。

自分が何者なのか、よく分かってないと言う事なのでしょうか。

 

「何でうちに来たの?」

「わ、わかんない」

「え!?」

「な、なんか… いたの…」

「そ、そう…」

 

結局、本人の口から聞けたのは名前だけでした。

でもやっぱり、お布団小僧は妖怪や妖精つまり自然霊の類だと思います。それも遠い昔からいる存在なのだと。それが証拠に、お布団小僧は引っ越し作業の中で『台所』や『雑巾』と言った言葉は理解出来る一方で『トイレ』や『ベランダ』と言った言葉は、まったく知らない様でした。

 

「まきもの?」

「違うよ。これはトイレットペーパー。お手洗いで使う紙だよ」

「おぉ!」

「分かる?」

「べんじょがみー!」

「…。(何かその言い方、イヤ)」


そんな時間を過ごす中、僕は気付けばこの男の事と一緒にいる事が、至極当たり前の様に感じ始めていました。 

そして飾り棚に、細々とした物を置き始めた頃、お布団小僧はすっかり僕と同居人になっていました。

 

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こうして僕達の不思議な2人暮らしが始まりました。

さて、残りの段ボールもわずかです。今日はようやくカーテンも届きます。

相変わらず直置きのマットレスから眺める朝の空は、やっぱり少しだけ高く感じました。

 

「すてきね ぼくたちの おふとん♡」

「素敵ね 僕達のお布団♡」

 

あの雲が通り過ぎたら、引っ越し作業の最終日をスタートさせるとしますか。

それまでもう少しだけ、僕達2人は布団に潜り込んでいることにします。






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# by ohutonkozou | 2014-03-12 17:50

妖怪達と暮らす 五流作家の 日々のこと


by ohutonkozou